けじめの1勝。 [サポート現場主義]
最終戦から1週間が経ちました。
3年ぶり11回目のシーズン最終戦の参戦を果たしたチバイッチでありますが、
やはり最終戦は気持ちが引き締まりますね。
今年の最終戦は、はっきりいって
シーズンを象徴するとはとても言い難い試合でしたが、
クソみたいなシーズンにきちっとけじめをつけた試合といえるんでしょう。
悔いを残さずできたとは、まさにこのことなのかなと思います。
今年は、原点に立ち返る機会に、たくさん遭遇してきました。
その中でも特に思ったのは、
「自分は何故其処に居るのか」
ということでした。
3年ぶり11回目のシーズン最終戦の参戦を果たしたチバイッチでありますが、
やはり最終戦は気持ちが引き締まりますね。
今年の最終戦は、はっきりいって
シーズンを象徴するとはとても言い難い試合でしたが、
クソみたいなシーズンにきちっとけじめをつけた試合といえるんでしょう。
悔いを残さずできたとは、まさにこのことなのかなと思います。
今年は、原点に立ち返る機会に、たくさん遭遇してきました。
その中でも特に思ったのは、
「自分は何故其処に居るのか」
ということでした。
やめない [サポート現場主義]
栃木戦が終わった瞬間、心に誓ったこと。
「もはや大事でない試合などない。
もはや大事でない試合などない。
そのことを示すためには、
気軽に行けるアウェーとか、
上位との対戦とか、
昇格が決まる大事な試合とか、
そんな試合は行きたい人たちに任せて、
俺は、みんながノーマークのところへ行こう。
鴨池なんてまさにそうじゃないのか!?」
「もはや大事でない試合などない。
もはや大事でない試合などない。
そのことを示すためには、
気軽に行けるアウェーとか、
上位との対戦とか、
昇格が決まる大事な試合とか、
そんな試合は行きたい人たちに任せて、
俺は、みんながノーマークのところへ行こう。
鴨池なんてまさにそうじゃないのか!?」
Smile Smile Smile [サポート現場主義]
気がついたら2ヶ月もブログを放置していました。
でも、全く何も書かなかった昨年と比べるとまだマシですよね。
でもって、今日は、
朝から「このタイトルで書こう!」と思って、地下鉄の中でずっと考えていました。
なんせ、昨年はこんな気分に全くならなかったものでね。
今日のこのタイトル、
昨年T-SQUAREが発表したアルバム「DISCOVERIES」の収録曲。
収録曲9曲のうち、最後に持っていって、
アップテンポで終わる曲。
しかし、昨年は近年まれにみる人生最悪の年。
仕事以外のことをろくに考えられず、
たまにコンサのゲームに行っても、勝ち試合にも心を動かされず、
この曲を聴くことさえ辛いと感じてしまっていました。
Smile? Smile? Smile? おちょくるのもいい加減にしろと。
そんな気持ちが拭えないまま、
ひと月遅れの開幕を迎えたんでしょう。私は。
勝利はおろか、上里カズ以外のゴールにも全く恵まれない。
悪い流れを持ってきてごめんなさいと、自己嫌悪さえ感じていました。
そうして迎えた昨日。
いい加減流れを変えたい!しかも厚別開幕!
10年ぶりに黒以外のTシャツを着て戦う決断をしました。
状況が4年前と似ている。
やりたいことははっきりしている。
でも結果が出ない。
ならば常識なんて言葉ぶっ壊すしかねーべ。
このブログのタイトルが「Black」というぐらいだから、
「チバイッチ=黒」という以外に誰も考えなかったはず。
赤いチバイッチ
今、書いていてとても違和感を覚えました。
いやいや勝たすためなら何でもやる。プライドもいらない。
そんな一皮剥けたチバイッチから現れたのは、
Smile Smile Smile
でも、全く何も書かなかった昨年と比べるとまだマシですよね。
でもって、今日は、
朝から「このタイトルで書こう!」と思って、地下鉄の中でずっと考えていました。
なんせ、昨年はこんな気分に全くならなかったものでね。
今日のこのタイトル、
昨年T-SQUAREが発表したアルバム「DISCOVERIES」の収録曲。
収録曲9曲のうち、最後に持っていって、
アップテンポで終わる曲。
しかし、昨年は近年まれにみる人生最悪の年。
仕事以外のことをろくに考えられず、
たまにコンサのゲームに行っても、勝ち試合にも心を動かされず、
この曲を聴くことさえ辛いと感じてしまっていました。
Smile? Smile? Smile? おちょくるのもいい加減にしろと。
そんな気持ちが拭えないまま、
ひと月遅れの開幕を迎えたんでしょう。私は。
勝利はおろか、上里カズ以外のゴールにも全く恵まれない。
悪い流れを持ってきてごめんなさいと、自己嫌悪さえ感じていました。
そうして迎えた昨日。
いい加減流れを変えたい!しかも厚別開幕!
10年ぶりに黒以外のTシャツを着て戦う決断をしました。
状況が4年前と似ている。
やりたいことははっきりしている。
でも結果が出ない。
ならば常識なんて言葉ぶっ壊すしかねーべ。
このブログのタイトルが「Black」というぐらいだから、
「チバイッチ=黒」という以外に誰も考えなかったはず。
赤いチバイッチ
今、書いていてとても違和感を覚えました。
いやいや勝たすためなら何でもやる。プライドもいらない。
そんな一皮剥けたチバイッチから現れたのは、
Smile Smile Smile
まだ誰も正解にたどり着いていない。 [サポート現場主義]
前回のエントリは、
「また金曜日まで、浦和戦ではどうするか悩みぬくことだろう。」
という言葉で締めたが、
実はもう決めていた。
納得するまで悩みぬけ!
というメッセージを込めて、
あえてブログ上で意思表示をせず、浦和戦を迎えた。
三ッ沢であんなに絶望感を味わったのに、
なぜ浦和戦でも……と思われるだろうが、
あの日来ていたホームの知人がたったひとりだけで、
ホームの人たちに考える機会を与えないのは不公平だと思った。
だから、この状況をほとんど経験していない
ホームの人たちにも味わってもらい、
その後の行動に影響を及ぼすことができればいい。
やってみなければどういう結果になるかなんてわからないし、
何が正しかったのかなんてわからない。
しかし、いざやってみると、
何が正解なのかは、もっと先の出来事でなければ明らかにならない。
ということがわかった。
またこれから試行錯誤の日々が始まる。
ただ、すべてをリセットにする必要もないし、
変えるべきところはやはり変えなければならないだろう。
ひょっとすると、答えは死ぬまで見つからないかもしれない。
でも、これだけは忘れないでほしい。
何のためにコンサドーレ札幌というチームが誕生したのかを。
-----
と、まるで今季が終わったかのように書いていますが、
私の今季は浦和戦で終わりました。
こんな終わり方はあまりにも切ないですが、
最終戦は仕事で参戦不可です。
明日からまた来年の3月いっぱいまで、
仕事を無事に完結させるための、残業残業また残業の日々です。
また来年も、開幕戦を現場で迎えられませんが、
4月の現場復帰まで、皆さんなんとか頑張ってください。
今年は結局コンサネタしか書けませんでしたし、
もうネタ探しする余裕もありませんので、
これから約5ヶ月間ブログも休止します。
いいことがほとんどない1年でしたが、
こんな年もまんざら悪くありません。
長い人生の中で、必要な年だったのかもしれませんね。
それではまた来年お会いしましょう。
さようなら。
2008年11月9日 チバイッチ
「また金曜日まで、浦和戦ではどうするか悩みぬくことだろう。」
という言葉で締めたが、
実はもう決めていた。
納得するまで悩みぬけ!
というメッセージを込めて、
あえてブログ上で意思表示をせず、浦和戦を迎えた。
三ッ沢であんなに絶望感を味わったのに、
なぜ浦和戦でも……と思われるだろうが、
あの日来ていたホームの知人がたったひとりだけで、
ホームの人たちに考える機会を与えないのは不公平だと思った。
だから、この状況をほとんど経験していない
ホームの人たちにも味わってもらい、
その後の行動に影響を及ぼすことができればいい。
やってみなければどういう結果になるかなんてわからないし、
何が正しかったのかなんてわからない。
しかし、いざやってみると、
何が正解なのかは、もっと先の出来事でなければ明らかにならない。
ということがわかった。
またこれから試行錯誤の日々が始まる。
ただ、すべてをリセットにする必要もないし、
変えるべきところはやはり変えなければならないだろう。
ひょっとすると、答えは死ぬまで見つからないかもしれない。
でも、これだけは忘れないでほしい。
何のためにコンサドーレ札幌というチームが誕生したのかを。
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と、まるで今季が終わったかのように書いていますが、
私の今季は浦和戦で終わりました。
こんな終わり方はあまりにも切ないですが、
最終戦は仕事で参戦不可です。
明日からまた来年の3月いっぱいまで、
仕事を無事に完結させるための、残業残業また残業の日々です。
また来年も、開幕戦を現場で迎えられませんが、
4月の現場復帰まで、皆さんなんとか頑張ってください。
今年は結局コンサネタしか書けませんでしたし、
もうネタ探しする余裕もありませんので、
これから約5ヶ月間ブログも休止します。
いいことがほとんどない1年でしたが、
こんな年もまんざら悪くありません。
長い人生の中で、必要な年だったのかもしれませんね。
それではまた来年お会いしましょう。
さようなら。
2008年11月9日 チバイッチ
苦しくても通らなければならない道。 [サポート現場主義]
この3連休は、大阪と東京で職場の公式行事。
したがってその移動日となった今日は、
大阪を朝早くに出て三ッ沢へ向かうというコースになった。
降格決定以降、色々な意味で苦しいことばかりであるが、
その中でも最もインパクトが大きかったのが、
やはりUSの応援自粛である。
公式行事はかなり早い段階で決定していたので、
天皇杯の組み合わせが決まった瞬間、
これは俺も三ッ沢へ行くべきだと思い、
日本平で関東の知人に
「11月の三ツ沢行きますからヨロシク」
とは言ったものの、その後のことがあり、
実は昨日の夜まで悩みに悩み抜いた。
いかなる光景がそこに繰り広げられても、
目を背けることなく焼き付けるべきだと思い、
大阪からひとり三ッ沢へ向かうことにした。
いざ行ってみると、そこに繰り広げられていたのは、
想像をはるかに絶する光景であった。
あれだけ色々なことをやってきたUSが、
何か変化をもたらそうとするならば、
もはや最終手段である
「何もしない」ことをする
しかなかったではないかと思っていた。
俺も旗を振ることにこそ拘れど、
その場所には全く拘りはなく、
今年は本当に色々な場所で旗を振らせてもらった。
USの考えは違うのかもしれないが、
俺はそういうつもりで、
「何もしない」ことをする
ことを、三ッ沢では選択し、最上段で座ったまま
ノーリアクションで90分を通して試合に集中した。
しかし、最上段であり、
すべてが見える状況であったのが災いしたのか、
ひどい「バラバラ」感がものすごく伝わってきた。
(「する派」を悪いとは言わないが)
応援にしても「する派」と「しない派」に分かれ、
特にピッチ上なんかは、
5秒先のプレイにあまりにも多くのものが見えてしまう、
プレイの繋がりを全く感じさせない、
目先のプレイに終始する光景が俺には見え、
かつてない絶望感が俺の前に近付いてきた。
この光景を、スタンドのみんなは、
ピッチ上の選手は、
ベンチ裏で立って見ていた箕輪は、
札幌から遠征していないフロントは、
どう感じたのだろう。
俺は、2005年に当時の役員が逮捕され、
チームはどうなってしまうのかと本気で心配したあの時よりも、
今日の三ッ沢ははるかにやばいと思っている。
正直、いつまでもこんな状態を続けさすなと思う。
ただ、今日の三ッ沢を経験した人が、
今後どういう姿勢でいくのか、そこが重要だ。
俺ももちろんそう。
帰り道がひとりになったので、それ以降ずっと悶々と考えている。
あの光景を思い出しては涙が出て、
勇気を出さす曲が聞こえてきただけで涙が出て、
降格したこと以上に苦しい。
でも、ひとつだけはっきりしたことは、
一度経験してみなければ語ることなどできない。
経験しておくべきだった。
それだけははっきり言える。
滅多に行かない三ッ沢で、何もあんなことせんでも……
という声が聞こえてきそうだが、
今日に関しては、俺は後悔していません。
だからといって、浦和戦も同様かと言われると、
そうとも言い切れない。
今年の俺の戦いは、浦和戦で最後である。
鹿島戦の日はまた公式行事で不参加。
今日の行動が、何も意味がなかったでは終わらないよう、
また金曜日まで、浦和戦ではどうするか悩みぬくことだろう。
-----
<余談>
帰り、入場時とは別のゲートから退場させられた。
「三ツ沢上町駅へは右へ」というアナウンスがされたものの、
どこまで行っても「地下鉄三ッ沢上町駅→」という案内板がない。
単に見落としただけかもしれないが、
来た時と同じ道にたどり着くのに相当遠回りを強いられた。
「保土ヶ谷区」って見えた時は本気で心配したもんな。
あれは何とかならんもんかと思う。
したがってその移動日となった今日は、
大阪を朝早くに出て三ッ沢へ向かうというコースになった。
降格決定以降、色々な意味で苦しいことばかりであるが、
その中でも最もインパクトが大きかったのが、
やはりUSの応援自粛である。
公式行事はかなり早い段階で決定していたので、
天皇杯の組み合わせが決まった瞬間、
これは俺も三ッ沢へ行くべきだと思い、
日本平で関東の知人に
「11月の三ツ沢行きますからヨロシク」
とは言ったものの、その後のことがあり、
実は昨日の夜まで悩みに悩み抜いた。
いかなる光景がそこに繰り広げられても、
目を背けることなく焼き付けるべきだと思い、
大阪からひとり三ッ沢へ向かうことにした。
いざ行ってみると、そこに繰り広げられていたのは、
想像をはるかに絶する光景であった。
あれだけ色々なことをやってきたUSが、
何か変化をもたらそうとするならば、
もはや最終手段である
「何もしない」ことをする
しかなかったではないかと思っていた。
俺も旗を振ることにこそ拘れど、
その場所には全く拘りはなく、
今年は本当に色々な場所で旗を振らせてもらった。
USの考えは違うのかもしれないが、
俺はそういうつもりで、
「何もしない」ことをする
ことを、三ッ沢では選択し、最上段で座ったまま
ノーリアクションで90分を通して試合に集中した。
しかし、最上段であり、
すべてが見える状況であったのが災いしたのか、
ひどい「バラバラ」感がものすごく伝わってきた。
(「する派」を悪いとは言わないが)
応援にしても「する派」と「しない派」に分かれ、
特にピッチ上なんかは、
5秒先のプレイにあまりにも多くのものが見えてしまう、
プレイの繋がりを全く感じさせない、
目先のプレイに終始する光景が俺には見え、
かつてない絶望感が俺の前に近付いてきた。
この光景を、スタンドのみんなは、
ピッチ上の選手は、
ベンチ裏で立って見ていた箕輪は、
札幌から遠征していないフロントは、
どう感じたのだろう。
俺は、2005年に当時の役員が逮捕され、
チームはどうなってしまうのかと本気で心配したあの時よりも、
今日の三ッ沢ははるかにやばいと思っている。
正直、いつまでもこんな状態を続けさすなと思う。
ただ、今日の三ッ沢を経験した人が、
今後どういう姿勢でいくのか、そこが重要だ。
俺ももちろんそう。
帰り道がひとりになったので、それ以降ずっと悶々と考えている。
あの光景を思い出しては涙が出て、
勇気を出さす曲が聞こえてきただけで涙が出て、
降格したこと以上に苦しい。
でも、ひとつだけはっきりしたことは、
一度経験してみなければ語ることなどできない。
経験しておくべきだった。
それだけははっきり言える。
滅多に行かない三ッ沢で、何もあんなことせんでも……
という声が聞こえてきそうだが、
今日に関しては、俺は後悔していません。
だからといって、浦和戦も同様かと言われると、
そうとも言い切れない。
今年の俺の戦いは、浦和戦で最後である。
鹿島戦の日はまた公式行事で不参加。
今日の行動が、何も意味がなかったでは終わらないよう、
また金曜日まで、浦和戦ではどうするか悩みぬくことだろう。
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<余談>
帰り、入場時とは別のゲートから退場させられた。
「三ツ沢上町駅へは右へ」というアナウンスがされたものの、
どこまで行っても「地下鉄三ッ沢上町駅→」という案内板がない。
単に見落としただけかもしれないが、
来た時と同じ道にたどり着くのに相当遠回りを強いられた。
「保土ヶ谷区」って見えた時は本気で心配したもんな。
あれは何とかならんもんかと思う。
書きたいが暇がない。 [サポート現場主義]
現場でしかできないこと。 [サポート現場主義]
今日の試合内容、全く覚えていません。
マトモに試合を見ていません。
2失点目なんて、しばらくしてスコアボード見て初めて気付いたぐらいだし。
もっとも、「試合を見る」行為なんて、テレビで十分だと思っています。
でも、直接選手に伝えようとするならば、
現場で声で、そして動きでなければ、全く伝わらない。
黙って念じていても伝わりっこない。
今後も、現場でしかできないことを追求していく。
ただ、それだけです。
マトモに試合を見ていません。
2失点目なんて、しばらくしてスコアボード見て初めて気付いたぐらいだし。
もっとも、「試合を見る」行為なんて、テレビで十分だと思っています。
でも、直接選手に伝えようとするならば、
現場で声で、そして動きでなければ、全く伝わらない。
黙って念じていても伝わりっこない。
今後も、現場でしかできないことを追求していく。
ただ、それだけです。
諦めないゴール。 [サポート現場主義]
昨日は、肉体的に更新が無理な状況でした。
試合後に水浴びしたら直後に大雨に打たれ、
冷えた体のまま冷房の利いたシャトルバスに1時間。
そらおかしくなるっつーの。
というわけで、すべてにアウェーを感じる日本平へ行ってきました。
試合自体は、シュート3本という事実と、
色々な人が語る、選手の気持ちという問題があるのかもしれませんが、
そんな要素に、俺らまで合わせてしまってはいけないわけで、
チーム全体が撃沈するわけにもいかないわけで、
誰かが強い気持ちを見せれば、それに報いる人が必ずいる。
ちなみに、雨が降ったのは後半の開始からだった。
徐々に強くなった雨は、俺の旗をびしょびしょに濡らし、
倍以上の重さになって、必要以上に俺を苦しめる。
だからといって、旗を振ることをやめる気は全くなくて。
いや、それよりも、今やめたらもうすべてがおしまいだ。
それくらいの気持ちだといっても大袈裟な話ではありません。
そんな俺に応えてくれたのは大伍でした。
かどうかは、本来俺が言えることではありませんが、
やはり、諦めない人がひとりでもいる限り、
一緒に、諦めずにやるしかないでしょう。
最後に、これは本来最後に書くことではないんですが、
今日のタイトル「諦(あきら)めないゴール」は、
イントネーションが ↑→→→→↓↑→↓ ではなく、
↑→→→→→→→↓ です。
この部分を強調しておきます。
試合後に水浴びしたら直後に大雨に打たれ、
冷えた体のまま冷房の利いたシャトルバスに1時間。
そらおかしくなるっつーの。
というわけで、すべてにアウェーを感じる日本平へ行ってきました。
試合自体は、シュート3本という事実と、
色々な人が語る、選手の気持ちという問題があるのかもしれませんが、
そんな要素に、俺らまで合わせてしまってはいけないわけで、
チーム全体が撃沈するわけにもいかないわけで、
誰かが強い気持ちを見せれば、それに報いる人が必ずいる。
ちなみに、雨が降ったのは後半の開始からだった。
徐々に強くなった雨は、俺の旗をびしょびしょに濡らし、
倍以上の重さになって、必要以上に俺を苦しめる。
だからといって、旗を振ることをやめる気は全くなくて。
いや、それよりも、今やめたらもうすべてがおしまいだ。
それくらいの気持ちだといっても大袈裟な話ではありません。
そんな俺に応えてくれたのは大伍でした。
かどうかは、本来俺が言えることではありませんが、
やはり、諦めない人がひとりでもいる限り、
一緒に、諦めずにやるしかないでしょう。
最後に、これは本来最後に書くことではないんですが、
今日のタイトル「諦(あきら)めないゴール」は、
イントネーションが ↑→→→→↓↑→↓ ではなく、
↑→→→→→→→↓ です。
この部分を強調しておきます。
13年目の想い。 [サポート現場主義]
コンサが誕生して今年で13年目。
俺が今までコンサの試合に何試合行っただろうと思って数えてみたら、
ホーム、アウェー合わせて204試合もあった。
96年、メインスタンドのチケットを購入したのをきっかけに、
暇を見つけては厚別や室蘭に足を運び、
97年にゴール裏デビュー。
あの頃はJFLとはいえ勝ちまくってた時代だったのもあるが、
とにかくゴール裏にいることが楽しかった。
今までに経験したことのない自分の姿が新鮮で、
人生変えられるとすら思っていた。
しかし、違う意味で人生は変わっていった。
悔しい思い、悲しい思い、腹立たしい思いを繰り返すたびに、
より強い気持ちを持つようになる。
現状に満足せず、常に一歩前を目指して戦った。
その結果、コンサ誕生前には全く想像もつかないような自分がここにある。
それは人生においてもそう。
簡単に投げ出さない性格は、ここから生まれたものかもしれない。
そういう意味においては、
コンサドーレ札幌というものは、人生の一部ではなく……
人生そのものである。
そう考えられるようになったからか、
コンサに対していい加減な態度で臨むということを許さなくなった。
とまあ、今日に至るまで丸12年もかかっている。
自分で言うべきことじゃないんだろうが、
12年もの間に経験してきたものすべてが
今の自分を形成していると言っても過言ではない。
初めて来た人にいきなり俺らのようなハイパフォーマンスをやれというのは
無理だということは百も承知している。
「負けて悔しい。だから次はより強く」という気持ちを、自分の中に持っていてくれれば、
その人には伸びしろがあるのだから、気長に待とうという気持ちになる。
ところで、少なくともブログ持ってる俺の仲間たちは、
先日の大宮戦の試合の最中の事への不満を露わにしている。
俺も気持ちはわからんでもない。
ただ、俺らのようなハイパフォーマンスをやらんやつはすべて悪だ
というふうに思っている、と勘違いされるのは悲しいな。
俺も含めて、彼らが一番頭にきているのは、
自分のことは棚に上げて、他人の批判だけはいっちょまえにやる、
それでいて自分は何も悪くないぜ。
という態度に対してである。
繰り返し書くが、
初めて来た人にいきなり俺らのようなハイパフォーマンスをやれというのは
無理だということは百も承知している。
「負けて悔しい。だから次はより強く」という気持ちを、自分の中に持っていてくれれば、
その人には伸びしろがあるのだから、気長に待とうという気持ちになる。
だから、これから先も厳しい言葉を投げかけることもないとは言えないが、
「そんな命令口調でやるやつに誰が力貸すかボケ」じゃなく、
「お前らに言われなくたってやってやるぞコノヤロウ」で
頑張ってほしいと思ってるし、それが頑張る人たちの本音である。
-----
100の力しか出せない者が、
120%の力を出し切ろうと思って120の力を出したら、
実は100%の力しか出ていなかった。
己の限界が100から120に引き上がっていたのである。
そして次こそ120%の力を出そうと思って144の力を出した。
そうすると、己の限界はまた144に引き上がっていた。
-----
俺が今までコンサの試合に何試合行っただろうと思って数えてみたら、
ホーム、アウェー合わせて204試合もあった。
96年、メインスタンドのチケットを購入したのをきっかけに、
暇を見つけては厚別や室蘭に足を運び、
97年にゴール裏デビュー。
あの頃はJFLとはいえ勝ちまくってた時代だったのもあるが、
とにかくゴール裏にいることが楽しかった。
今までに経験したことのない自分の姿が新鮮で、
人生変えられるとすら思っていた。
しかし、違う意味で人生は変わっていった。
悔しい思い、悲しい思い、腹立たしい思いを繰り返すたびに、
より強い気持ちを持つようになる。
現状に満足せず、常に一歩前を目指して戦った。
その結果、コンサ誕生前には全く想像もつかないような自分がここにある。
それは人生においてもそう。
簡単に投げ出さない性格は、ここから生まれたものかもしれない。
そういう意味においては、
コンサドーレ札幌というものは、人生の一部ではなく……
人生そのものである。
そう考えられるようになったからか、
コンサに対していい加減な態度で臨むということを許さなくなった。
とまあ、今日に至るまで丸12年もかかっている。
自分で言うべきことじゃないんだろうが、
12年もの間に経験してきたものすべてが
今の自分を形成していると言っても過言ではない。
初めて来た人にいきなり俺らのようなハイパフォーマンスをやれというのは
無理だということは百も承知している。
「負けて悔しい。だから次はより強く」という気持ちを、自分の中に持っていてくれれば、
その人には伸びしろがあるのだから、気長に待とうという気持ちになる。
ところで、少なくともブログ持ってる俺の仲間たちは、
先日の大宮戦の試合の最中の事への不満を露わにしている。
俺も気持ちはわからんでもない。
ただ、俺らのようなハイパフォーマンスをやらんやつはすべて悪だ
というふうに思っている、と勘違いされるのは悲しいな。
俺も含めて、彼らが一番頭にきているのは、
自分のことは棚に上げて、他人の批判だけはいっちょまえにやる、
それでいて自分は何も悪くないぜ。
という態度に対してである。
繰り返し書くが、
初めて来た人にいきなり俺らのようなハイパフォーマンスをやれというのは
無理だということは百も承知している。
「負けて悔しい。だから次はより強く」という気持ちを、自分の中に持っていてくれれば、
その人には伸びしろがあるのだから、気長に待とうという気持ちになる。
だから、これから先も厳しい言葉を投げかけることもないとは言えないが、
「そんな命令口調でやるやつに誰が力貸すかボケ」じゃなく、
「お前らに言われなくたってやってやるぞコノヤロウ」で
頑張ってほしいと思ってるし、それが頑張る人たちの本音である。
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100の力しか出せない者が、
120%の力を出し切ろうと思って120の力を出したら、
実は100%の力しか出ていなかった。
己の限界が100から120に引き上がっていたのである。
そして次こそ120%の力を出そうと思って144の力を出した。
そうすると、己の限界はまた144に引き上がっていた。
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チバイッチ